久し振りの図書館

少し前に久し振りに図書館へ行き小説を2冊借りてきて、漸く読み終えました。
今、製作中のホームページには「薬草に貢献した郷土の偉人たち」と言うのを書いているので、その一人の植村正勝を主人公にした時代劇ミステリー?平谷美樹著「採薬師 佐平次」と、長らく薬学研究者として勤められた後、定年後に歴史を学ぼうと大学へ行かれた方に薦められた木内昇著「奇のくに風土記」を借りてきました。
小説ですからそれなりですが、「採薬師 佐平次」の方は、小説に出て来る採薬師手伝の後藤梨春を調べて見ると採薬師の田村藍水の弟子で、摩擦式発電機の図付きでエレキテルを日本へ初めて紹介し、同じ田村藍水の弟子であった平賀源内がはじめて蓄電器つきの摩擦起電機を作っているのですね。
そして「奇のくに風土記」の主人公畔田翠山の父が採薬師として紀州へ薬草を捜しにきた平賀源内を案内している。
私が関心を示したのは田村藍水でした。藍水は松阪の医者で採薬師だった丹羽正伯の引きで採薬師になっており、本居宣長とも交友があった事もあるので、江戸期の松阪で代々田村長閑を名乗る医家があった事から、その系統では無いかと思ったので調べて見ました。残念ながら藍水は本姓を坂上と言い神田の生まれであるとされており、それ以上の資料は出ませんでした。
自民党の田村憲久衆議員は松阪なので、この田村長閑と関係あるかとも調べましたが、この田村家も伊勢で医者をしていましたが、土佐の郷士の出で、こちらも外れ(笑)
田村長閑を検索しても全くヒットしません。また、朱印貿易をしていたが鎖国令で安南から帰れなくなった、松阪の角屋七郎兵衛の息子の一人が医者をしていて、採薬師になっていたのに、これも幾ら検索してもヒットしません。
地方では名が知られていても、事件にでも関係しないと歴史には名前が残らないのですね。
ホームページにも書きましたが、やはり松阪の隣の多気町出身の医師で採薬師だった野呂元丈は、検索した所、松阪に医療法人野呂病院があったのを見つけ、何故かホッとしました(笑)
採薬師の収入を調べてみると、偶然かどうか初めは約5石からスタートしてる様です。最終的には植村政勝が150俵(約60石)、丹羽正伯、野呂元丈、田村藍水は200俵(約67石)でした。
幕府隠密の植村政勝は医者達より少ないですね。ただ、普通のお庭番は20石程で、時代劇の捕り物に出て来る同心と同じ程度だったとか? 政勝は石高はともかく、吉宗からは一番親しみを持たれており、隠居後は度々政勝を呼び寄せて下々の事情を聴いていたそうです。
紀州藩士の畔田翠山は20石取で研究費にも事欠いており、書籍は師の小原桃洞から借り、和歌山の商人の雑賀屋長兵衛から経済的支援を受けていたそうですが、業績の割には出版物は1冊のみと、本を出す経済的余裕は無かった様です。
政勝が将軍お目見え旗本格だったのに対して、翠山は小説でも殿様からは渡り廊下の庭で指示を受けており、常時昇殿を許された身分ではなかったようです。
写真は 写真は地元亀山生まれの本草学者、飯沼慾斎です。早稲田大学蔵の乾板を古いフォトショップで切り抜き修正しAIに仕上げて貰った物。飯沼慾斎は一早くカメラや顕微鏡に取り組んでいます。


