曼殊沙華


4日程好天が続き、ツボクサの刈り入れが出来て喜んでいましたが、またも雨、明日も雨、そして更に雨が続きそう。
昨年も刈り入れ時に入院して殆ど収穫が無かったのに、今年は雨続きで収穫が出来ずに泣いている。
写真は畑脇で咲いている彼岸花を昨日撮った物。見ていると浮かんでくるのが「長崎物語」
♪赤い花なら曼殊沙華 阿蘭陀屋敷に雨が降る 濡れて泣いてる じゃがたらお春・・・
でも、鎖国令でイタリア系混血児として追放されたお春さんは歌の様な悲劇の主人公じゃないのですよね
日欧ハーフで容姿端麗、ジャガタラ文として残る様に読み書きが出来て教養もあった事から、21歳で同じ平戸を追放されたオランダ系混血児で東インド会社に勤める、シモン・シモニーゼと結婚し、彼は順調に出世してやがて富豪になり、幸せな人生を送ったとか。
何故か女性が外国へ行くのは不幸とするイメージが有ります
我らが団塊世代だと、丁度青春時代には明治から大正にかけて九州から海外へ出た女性の小説を、2人の女性作家が書いて、共に映画にもなって話題となりました。
山崎朋子の『サンダカン八番娼館』と森崎和江の『からゆきさん』ですね。今の価値で300万~500万円程の前渡金を貰って3年~5年の契約で、海外へ売春の年季奉公に出され、渡航費用や女衒の手数料で酷い人は2000万円もの借金に水増しされていたそうです。
女性の収入は売春宿と女性が半分づつ取り、その半分の半分を借金返済に充てて、残り半分を生活費にしたとの事ですが、平均すると10年前後、中には故郷へ帰れなかった人も少なくなかったとか。
但し、島原は火山灰地で天草は山ばかりと水田が少なくて経済的に貧しく、明治の人口爆発で人口が増えた事から、家を継ぐ長男以外は地元に耕す耕地はなく、賃仕事を稼ぐ様な工場や産業もない為に、次男三男は外へ出て行くか独身のままで過ごすしかなく、女性も嫁ぎ先が無く生活出来ないと言う現実がありました。
この為にからゆきさんの前借金や仕送りは家計にとって大助かりで、お金を産みだすお蚕様とも呼ばれて家を建て替えたり、男の子を上の学校へやったりして、唐行き御殿などと言われたとか。
このからゆきさんに対して、2人の作家の視点が違い、当時は話題になりました。山崎は、可哀そうな女性として捉えていたが、森崎は可哀そうな女性ではあるが、彼女たちは実家を助け、同じ娼婦としても他のアジア人女性より人気があってプライドを持ち、海外へ出た日本人男性を慰めて現地情報を提供する、いわば、日本帝国主義の海外進出への尖兵でもあったとしています。
森崎和江は詩人・評論家の谷川雁(安田講堂の落書き「連帯を求めて孤立を恐れず・・」の字の部分は雁の詩から取っている)と一緒に、三井三池闘争の影で薄れているが大正炭鉱争議を指導した事で知られていました。何年か前に韓国人と結婚していると週刊誌のグラビア記事だったで見ましたが4年前に亡くなって見える様です。山崎朋子はその後女性史研究の第一人者として活躍され8年前に亡くなってみえます。
彼岸花の球根にはリコリンを始めとしたアルカロイドを含む為に、土葬の墓地では野犬等に死体が荒らされない様にとこの花が植えてあった事から、別名で死人花・幽霊花・地獄花とも呼ばれる一方、この毒でネズミやモグラが畔に穴を開けないようにと、あぜ道にも植えた名残から田圃でも見かけます。
不吉で毒がある事から、自宅の庭には植えない物でしたが、近年はそれも風化して植えて有るお宅もある様です。
毒にも使い道があり、禁忌も時代と共に消えていく。艶やかな赤い色は人を惹きつけるが、それでもどこかに魔性を感じます。


