雨の日に雨の歌を思う


「土方殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればよい」
学生時代に知多半島のお寺に泊まり込んで、鉄塔基礎の穴掘りアルバイトをしていた時に、雨の日に飯場で燻っている時に教えられました。「土方」だけでなく「大工」や「漁師」そして「百姓」など、天候に左右される職業では良く言い換えられていたのだそうですが、この長雨で思い出しました。
やはり、酒となって、当時流行の「網走番外地」から飯場の場所を捩って、ここは○〇番外地と言いながら、♪春に 春に追われし 花も散る 酒ひけ酒ひけ 酒暮れて・・と歌が出てくる。
同じ年頃の秋田から出稼ぎに来ていた米農家の若者が、当時としても既に懐メロの「湖畔の宿」をしんみり歌ったのを妙に覚えています。
うちにとっては、8月の末頃からがツボクサ収穫の本番になるのですが、刈り始めたとたんにこの長雨となり、空を仰いでは雨の欲しかった8月には2日程の小雨で、雨が降ったと喜んだのも束の間、半月も降り続ける雨を恨めしく眺めるばかりです。
雨が降れば降ったで、やらなければならない仕事は沢山あるのですが、何故か心も湿ってやる気が起こりません。やけ酒を飲もうにも2年前から酒を断つている。こんな日は雨の曲でも聞いて、思い切り雨の世界に沈むのがよいのかもしれません。
そこで、団塊世代として雨の曲を挙げて見ると・・・そのものずばりで太田裕美の『9月の雨』、名古屋出身の八神純子は『水色の雨』、イルカの『雨の物語』、さだまさし『雨宿り』、井上陽水の『傘が無い』、傘と言えば『シエルブールの雨傘』今もフイギュアスケートで良く使われていますね。
演歌では、欧陽菲菲『雨の御堂筋』、八代亜紀『雨の慕情』、内山田洋とクール・ファイブ『長崎は今日も雨だった』、三善英史『雨』、古いけれど、多くの歌手にカバーされた『城ヶ島の雨』利休鼠を辞書で調べた思い出。
我らが団塊世代の青春を代表する雨の曲と言えば、やはり『雨にぬれても』ではないでしょうか?
当時に流行り出したアメリカン・ニューシネマは、1960年代後半の激動する社会背景と、1968年の映画検閲規則(ヘイズ・コード)の廃止による表現の自由化が大きな原動力となっていたと言われます。
従来は禁じられていた性や暴力が、観客の年齢制限の中で許され、映画がよりリアルな社会を写せる様になったが、それでもハリウッドにはビッグコミックオリジナルに連載された山本おさむの『赤狩り』の伝統は続き、体制批判は認めても、連帯や未来への希望への動きは許されず、体制に歯向かう物は悪として滅びなければならない結末しか許されていませんでした。
『雨にぬれても』は、快晴の牧場を強盗のカップルが自転車で走るシシーンに被せて「雨が降って降って頭の上 出会い頭の憂鬱に降参する俺じゃない もうすぐ幸せが「こんにちは」とやって来る」とノー天気な歌詞の中に現在の幸福の一時性を暗示しているようです。
更に歌詞の中にも「俺たちは自由さ」とありますが、自由の無い所で自由を求めようとすると、「何をやっても無駄だ」というニヒリズム(虚無主義)になるのは、生きていくための一つの方便であり、陽気な笑いは制作側の自嘲と皮肉なのかもしれません。
演歌は自由民権運動の宣伝から始まっているし、フォークソングもプロテストソングが流行を作ったが、いつの間にかエンターティメント一色へと変化した。すべての物事を効率や金銭的価値で動かす資本の論理と言う奴で、人の喜びや悲しみの感情も、お金を介するとこうなるのでしょう。(苦笑)
では、日本の詩歌で一番古い雨を歌ったのは何かを調べてみました
AIによりと、万葉集の巻立ての順ではなく、作歌年代でみると天武天皇(7世紀後半)の「み吉野の 耳我(みみが)の嶺に 時なくそ 雪は降りける 間なくそ 雨は降りける…」
現代語訳は「吉野の耳我の峰には、季節外れにも雪が降っている。絶え間なく雨も降っている。その雪が時を選ばず降るように、その雨が絶え間なく降るように、私は(あなたへの)物思いを心の一角にも欠かすことなく、ずっと一途に思い続けながらこの山道を越えてきたのだ」
なら、万葉集の民衆の歌で一番古いのは
(巻十四・3561番 東歌・相聞) 可奈刀太乎(かなとだを) あらがきまゆみ 日が照れば 雨を待とのす 君をと待とも
現代誤訳 「 門の前の田んぼ(金門田)を、目の粗い垣根の隙間から覗くように、日照りが続いたときにひたすら雨を待ち望む農民のように、私はただ一途にあなた(が来てくれるの)を待っています。」
今も昔も、貴人も庶民も、雨の歌は恋の歌が多い様です。(笑)
写真は小雨に濡れる庭のキンミズヒキ
これから抽出される「アグリモール類」には、体内で分裂を停止して蓄積する老化細胞を除去する働きがあり、エイジングケア効果が高いそうです。
ファンケルから濃縮品が販売されているものの、濃度は薄くなりますが水溶性なので、栽培して煎じて飲めば摂取はできます。


